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「解ってないのはお前だ」
そして、もう一度久住の身体が大きな鈍い音と一緒に跳ねた。天井近くの壁に久住は一度ぶち当たり、その身体が床へと落ちる。黒崎の身体は微動だにしないままだ。
人間ならば死んでいるとしか思えない衝撃。
「お前が人間を憎むのも蔑むのもどうでもいい。俺の邪魔さえしなければ、な。しかし、以前から訊いてみたかった。お前は人間のことを害虫だと言う。それでは、お前が仲間にしたあの男は何なんだ? あれも元は人間だろう。お前にとって、乾という男は」
「彼は関係ない!」
「関係ない? じゃあ、乾が死んでも別にどうでもいいということだな?」
「関係ないっ!」
そこで、久住の声がわずかに掠れた。
それを見た黒崎の唇に嘲笑が浮かんだ。
「そうか、あれは『餌』にするか」
「黒崎っ!」
どうしよう。
私は訳も解らず、切羽詰まっているこの場の空気からただ後退る。そして、慌てて玄関の鍵を開けようとした。早く逃げなくてはいけないと解っていた。
潤や――それに真治や七瀬さんのこと、色々な人のことを思い出しながら。とにかく、逃げなくては、と。
しかし。
尋常ではない何かの気配を感じて振り返った瞬間、目の前に現れたのは。
「久住!」
そう叫んだ黒崎の声。
目の前にある久住の歪んだ笑顔。
そして、「大介っ!」という聞き覚えのある潤の叫び声と。視界の隅に見えた彼ら――潤や真治、七瀬さんの存在に安堵するよりも早く、私は『それ』を見下ろしていた。
凄まじいまでの圧迫感と。
赤。
朱。
血。
「な」
声を上げようとした瞬間、目の前にいる久住が狂ったような笑い声を上げて。
返り血を浴びた。
それは、私の血だった。
久住の腕が私の腹の中へとめり込んでいて、それが抜かれた瞬間に飛び散った血が視界を紅く染めていた。
「大介っ! だいすけっ!!」
背後から潤に抱きしめられて、私はただ小さく息を吐いた。
何もかもが赤く見える。
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