220人が本棚に入れています
本棚に追加
男性同士の恋愛など今でもよく解らない。何しろ、我々の出会いは最悪だった。
絶対に、私は彼のことを受け入れることはないだろうと思っていた。本当に、心の底から迷惑でしかないと思っていた。
それなのに。
「潤」
私はかろうじて声を上げた。途端、喉の奥から熱いものがこみ上げてきて咳き込んでしまう。口からあふれ出したのは大量の血。苦しくてえづきそうになりながらも、私は続ける。少しだけ手を上げて、彼の手首に触れながら。
「……私も、嫌いじゃない」
いや、こんな時にこういう台詞は駄目だろう。
私はこれが最後なのだから、と暗い絶望の中で囁いた。
「少しは、好きなのかも知れない」
途端、潤が大きく首を振った。泣きながら私を抱き寄せ、震える声で言う。
「契約しよう。このままじゃ大介、死んでしまう。だから、俺のためじゃなくていい、あんたが生きるために契約して、吸血鬼になってくれ」
「潤」
七瀬さんが少しだけ慌てたように声を上げた。
でも、潤は断固とした口調で続ける。
「俺が責任を取る。秋葉のしきたりには死ぬまで逆らわない。姉貴の言うとおりに何でもする。だから、大介を仲間にさせて欲しい」
わずかな間があった。
私は頭が働いておらず、ただぼんやりと潤の真剣な目を見つめていた。
そして、七瀬さんが頭を掻いてため息をこぼしているのも解った。
「お嬢様」
真治が緊張した様子で立ち上がり、七瀬さんのそばに寄った。「この騒ぎで人間が来ます。この場を封鎖しなくては」
「頼むわ」
疲れたように手を振って、七瀬さんは真治を見ようともしなかった。しかし、真治の姿が一瞬にしてこの場から消え失せた。しかしその直前、少しだけ私に苦しげな視線を投げたようだった。
「お互いの同意がない限り、契約はできない」
七瀬さんがやがてそう言って、私のそばに歩み寄る。私を見下ろしながら、わずかに困ったように微笑んで言う。
「同意してくれるかしら?」
そうだな、生きるためには。
頷かなくてはいけない。
しかし。
どうしても、頷くことができなかった。
最初のコメントを投稿しよう!