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提供者になることですら受け入れられない自分。家族を捨て、別々に生きることすらできないというのに。
人間であることを捨てるということ。
全くそれは、私の想像できる範疇を超えていた。
吸血鬼になるということは、どういうことなのだ?
私も誰かの血を飲んで生きていくということ。ただそれだけか?
でも、もしそうだとしても。
こんな状況の時に考えられることではない。
いや、こんな状況だからこそ、迫られている決断だというのに。
「死ぬのは、怖い」
私は正直に囁いた。
そう、本当に怖いことだ。しかし、でも、受け入れられないこともあるのだ。
私はただこう続けた。
「決められない」
「蓮川さんが死んだら、そうしたら」
突然、七瀬さんが声を上げて黒崎を見た。
そして、私の頭上で大きな声が上がる。
潤の声。
真っ赤に染まった瞳は黒崎と久住へと向けられていて、大きく開けられた唇から犬歯が伸びる。そして、怒りの言葉が辺りの空気を震わせた。
「殺してやる、お前ら、絶対に殺してやるっ!」
潤の眦からこぼれ落ちる涙。その涙すら赤く見えた。
「俺のせいじゃないか、俺の!」
潤の肩が震えている。「俺が大介に関わらなければよかったんじゃないか! 俺のせいで大介が死んだら、そうしたら……!」
そこで一度言葉を切って、そして潤の目からあらゆる感情が消え失せた。「黒崎、俺はあんたを殺すよ。仲間も、全部、全部、全部……殺して、終わらせる」
落ち着け。
私はつい、そう言いたくて手を伸ばす。しかし、潤には届かなかった。腕に力が入らなかった。
腹が熱い。
私がかろうじて意識を保っていられたのも、潤の血が傷口に与えられたからなのだろう。しかし、それももう限界だ。
意識が消える直前、黒崎が深く頭を下げるのが見えた。
あの彼がそんなことをするとは考えられなかった。もっと彼は、『悪』に近い存在だとばかり思っていた。
だが。
顔を上げた彼は、わずかばかりの笑みを口元に浮かべていた。
「なら、俺は逃げる」
黒崎はくくく、と笑う。「確かに今回のことは済まないと思うが、俺だって大人しく殺されるわけにはいかない。だから、逃げるさ。力の限り、精一杯な」
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