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目の前にいる彼が誰なのかとか、そんなことを考えている余裕もなかった。
彼は何の躊躇もなく私の服――浴衣のような病院の服をはぎ取ると、その下にあったであろう私の傷に触れた。
痛みなど感じなかった。ただ、触れられると脳天を突き上げるかのような快楽がわき起こる。今、私に触れているこの吸血鬼は、これまで会った他の吸血鬼とは格が違う。それだけは間違いない。
ただ喘ぎ、首を振る。あまりの快楽に気が遠くなりそうで、何かにすがりたくて自分の手がシーツを掴んでいた。でも、何てその感覚の心許ないことか。
何をされても抵抗などできない。
抵抗などしたくない。
でも、抵抗しなくてはいけない。ただ何となく、そう感じる。一瞬だけ潤の顔が思い浮かんで、理由の解らない後ろめたさを感じた。
「……面白い」
ふ、と目の前の彼が笑う。
私は力なく首を振りながら、彼を見上げる。
その瞬間、私が怪我をしたときに潤がそうしたように、彼も自分の手首に噛み付き、そのまま『食いちぎった』。
潤ほどの勢いはなかった。
そして、暗闇であったからだと思うが、その血は真っ黒に見えた。
ゆっくりと、ぼたぼたと落ちてきた血が私の腹の上に落ちた時。
激痛と、それを凌駕する快楽。
認めたくはなかったが、おそらくその時、私は達していたと思う。苦痛による悲鳴を上げながらも、ただ身を捩って目を閉じ――そして、気を失った。
目が覚めた時、私はひどくすっきりとした感覚を覚えていた。
あまりにも目の前がクリアに見えて、そして混乱もしていた。
何があったのか、少しの間思い出せなかったからだ。自分はどこにいるのかと不安になり、慌てて身を起こし、そこでやっと何もかも思い出して自分の腹の方を見下ろした。
ベッドの上。
真っ白なシーツ、わずかに消毒の匂いのする毛布、そして真っ白な病衣。
「三日間かかりましたよ」
と、突然聞き覚えのある声が耳に飛び込んできて、私は心臓が止まりそうなほど驚いた。
部屋を見回せば、部屋の片隅にあったパイプ椅子に真治が座っていて、ひどく真剣な表情で私を見つめている。
「……三日間」
わけが解らず、そう言葉を繰り返して見せると、そこでやっと彼は薄く笑った。
「あなたの傷が塞がるまでの時間です」
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