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「近く……じゃないんだけどね」
そこで私は、彼のほうを見やる。私よりも小さい身長、華奢な体つき。暗くてよく見えなかったが、白い頬と高い鼻筋は、女性に人気があるだろうと思えるような、端正な顔立ちに見えた。
Tシャツにジーンズ、薄手のジャケット。そして、財布にはチェーンがついているらしく、そのポケットからは銀色の輝きがベルトへと伸びている。
本当に、今時の少年、である。
「……何か食わせて……って言ったら怒るよな」
彼はどこか期待するかのように私を見上げ、その瞳をこちらに向けた。そのとき、その目があまりにも吸い込まれそうに綺麗だったので戸惑う。
「いや……別にいいが」
そう応えてしまったのは、つい、その目の綺麗な輝きに負けて、だったのかもしれない。
「お兄さん、お人好しって言われない?」
歩きながら、彼が小さく笑った。
私は戸惑いながら、真面目に考え込む。
「……いや、そんなことはないが」
「でも、見ず知らずの俺に、食い物をくれようとしてるじゃん」
確かに、私は今、彼と一緒に自分のアパートに向かっていた。元々私は、こんなに簡単に誰かに関わるような人間ではないはずだった。
まあ、悪い人間ではなさそうだからいいだろう。
私はもう一度彼を見やり、そう自分に言い聞かせて歩き続けた。
「それに、無口だって言われない?」
「それは……そうかもしれないな」
その言葉には、苦笑を漏らすしかない。口べたなのは今に始まったことではない。思い起こしてみれば、学生時代から口べたでよく人に誤解されることが多かった。
怒っているのとか、つまらないの? とか、付き合っていた女性に不機嫌になられたことも多かった。
もっと、話さなくてはいけないのだろうと思っていても、そう簡単に気軽に話せるような性格でもない。
「この辺、人、少ないね」
少年がそっと呟いて、私はそれに頷いた。
「駅の近くは人通りが多いが、この辺は八時過ぎるとほとんど人の姿は見ないな。女性は一人歩きはしてはいけない。よく、痴漢も出るという話だから」
「ふうん。女性、ね」
彼はどこか奇妙な口調でそう呟く。私はまじまじと彼の横顔を見つめた。すると、少年はそんな私の視線に気がついて、にやり、と笑う。そう、にこり、ではなく、にやり、と。
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