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「男性だって危険だと思うな、俺」
「ああ、ひったくりとかか?」
「違うよ」
彼はそう苦笑した後、急に眩暈を覚えたようにその額に手を置いて唸った。
「大丈夫か?」
私が慌てて彼の体を支えると、少年が「駄目」と囁いた。彼は私の腕を掴んで、ぎゅっと力を込める。
「腹、減った。我慢、できねえ」
「もう少しだから」
──歩けないか、と続けようとしたとき。
少年の手が、ぐい、と引かれた。
私はその意外なまでに強い力に負け、その場に膝をつく。少年もそこに座り込んでいて、ほとんど密着するような体勢になったところで、彼は言ったのだ。
「ねえ、お兄さん、信じる? 俺、吸血鬼なんだよね」
何をバカなことを。
私はきっと、そんなことが相手に伝わる表情をしたに違いない。
でも、やがて私は息を呑む。
目の前にある少年の瞳が、ゆっくりと赤く染まっていったからだ。その色は、明らかに人間の持つものではなかった。
「ごめん、お兄さん」
少年はそう囁くと、驚いて身動きできない私の首筋に、そっと顔を近づけた。
「な」
慌てて彼を押しのけようとしたとき、彼が顔を埋めた私の右の首筋に、ちくりとした痛みが走った。
嘘だろう。
そう考えたのも一瞬。
彼の唇の感触が首筋に伝わった瞬間、私は小さくうめいていた。
それは、今まで感じたことのない感覚だった。
全身を走る、甘い疼き。指先が震え、足から力が抜けていく。
あまりにも、心地よくて。
最初は、彼のほうが私にすがりついているような体勢だったのに、いつの間にか私のほうが彼にもたれかかっていた。彼の華奢な体にすがりつき、必死にその場に倒れ込まないようにするのが精一杯。
辺りは暗く、誰も通らない。
静かな夜。
そして、彼の唇が離れる。そのとき、わずかに濡れた感触が首筋に残った。
「……お兄さん、最高」
彼は、急に元気よく立ち上がり、私の腕を掴んで引き上げる。さっきまでの彼とは違う、力強い姿。
彼は満足そうに笑いながら私の頬に手を置いて、に、と笑う。その途端、白い犬歯がそこに覗いて。
吸血鬼。
嘘みたいだ、と私は遠く思った。
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