ブラックを飲み干す

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私が高校生の時、三つ上の姉が家出をした。 両親は心配し、捜索願を出そうとした。しかし、姉は一度だけ電話に出て言った。 「大丈夫だから探さないで」 父は苛立ち、母はよく泣いた。シスコンだった私も、精神的に不安定になっていった。 これまでの人生、着る服も靴も、姉の物が良く見えていた。姉がピアノを習い始めると私も始め、姉が好きなバンドを好きになった。 そして今、姉がいなくなって気付いたことがある。 私に「自分」なんてなかったことに。 数カ月後、家の玄関の前でピアノの音が聴こえた。 姉の得意なショパンのエチュードだ。 勢いよくドアを開けて家に入ると音は消えた。それは迎えの同級生の家からの音色だった。 私は玄関でしゃがみこんだ。そして、母に気付かれないように声を殺して泣いた。 それから一年がたった。私は学校が終わるとすぐに、アルバイト先のコンビニエンスストアへ向かう。 「いらっしゃいませー」 早く終わらないかとばかり考えながら、おでんを箸でつつく。 そこに田舎に似合わず服装も化粧も派手な女性が来た。普段客の顔なんてまともに見ないが、その瞬間ばかりは凝視してしまった。 姉を目前に、思考停止した私はもう一度言った。 「いらっしゃいませ」 姉はカゴに沢山の商品を入れてレジにきた。 聞きたいことが山ほどあるが、互いに黙っている。考えているうちに袋に詰め終わった。 「はいこれ、お疲れ様」 姉は買ったばかりの缶コーヒーを渡してきた。 まさかこのまま、またいなくなる気ではないのだろうかと不安がよぎる。 「姉ちゃん、帰ってくるよね」 とっさに口から出た「姉ちゃん」という言葉に泣きそうだ。ずいぶんその単語を封印してきたのだ。 「たぶんね」 姉は店を出た。 そしてカートンで買った煙草の箱から一箱出し、店の前でうまくもまずくもなさそうに吸っていった。 私は休憩中に缶コーヒーを飲む。ブラックコーヒーは苦手だが一気に飲みほした。 いつまでも私は、姉の選んだものが欲しくて、後ろを追うのだと思った。 でもブラックコーヒーは苦くて、私には少し早かった。 そして私もいつか、煙草を吸うんだろうかと漠然と考えていた。
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