24人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「奥さん!」
叫びながら、居間へ入るのを諦め玄関から逃げようとした。でも玄関も激しく燃えていて出られない。そうだ、風呂場に窓があった。あそこから逃げよう。俺は廊下を戻った。風呂場の磨ガラスのドアを開ける。
「あ!」
風呂場に制服を着た女の子が倒れていた。顔が真っ青だ。でもとにかくまず逃げないと。倒れている女の子を跨ぎ浴槽へ足を掛ける。窓ガラスを開けようとして、窓がビクともしないことに愕然とした。
「くそっ!」
風呂場のドアを開けると目の前に炎に包まれた物がいた。呻きながらこちらへ近づいてくる。
「うわあああああ! く、くるな!」
慌ててドアを閉めたけど隙間から煙がどんどん入ってくる。俺はハンカチを取り出し口に当てながら窓を開けようともがいた。肺に煙が入ってくる。目が痛い。
「ゴホッゴホッ」
く、苦しい……誰か、たすけて……
気が付くと俺は居間で倒れていた。いや、焼け落ちた居間のあった場所と言うべきか。屋根はなかった。空はまだどんよりとした曇空のまま、小さな雨粒が全身を濡らしている。敷地の四方に煤と化した大きな柱が残っているだけの家の残骸。腕時計を見るとこの家に到着してからまだ五分も経っていなかった。
「いったいなにがどうなってんだ……」
起き上がり辺りを見回す。写真の入った額がそばに落ちていた。拾って愕然とする。写真には昨日の親子と老婆が写っていた。その老婆には見覚えがあった。一年ほど前俺が騙した老婆だ。リフォームの費用を現金一括で支払ってくれたら、三百万ほど安く施工できます。そう説明すると、老婆はニコニコとタンスから現金を取り出した。何度も通い顔なじみになった俺をすっかり信用しきっていたのだ。俺はそのまとまった金を全部懐へ入れて行方をくらました。あの後何があったのだろう。火事で一家が焼け死んだのは……俺のせいじゃないよね?
俺は慌てて車へ乗り込んだ。震える指でキーを回しエンジンを掛けるとアクセルを踏み込む。家の残骸を振り返ることなく、その場から逃げ出した。
黒々とした木のトンネルまで戻り、やっとスピードを落とす。
怖かった。帰ったらお寺へお祓いに……そう思いながらチラッとルームミラーへ目を走らせた。後部座席に座っている三人と目が合う。
俺は悲鳴を上げ、大きな木に激突した。
完
最初のコメントを投稿しよう!