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腕の中の確かな温もりに、俺はその時少し泣いていた。ここに来る前に透花と会えてよかった。あのままこいつと離れ離れになっていたら、きっと俺は素直になれなかった自分を一生呪うに違いない。
ところが、日が経つにつれて安易に大丈夫などと言っていられなくなった。食料が足りないのだ。ここまでの被害は想定していなかったために、シェルターには三ヶ月分の食料しか積まれていなかった。
そしてとうとう食料が尽きたのは昨日の昼のこと。外はまだ到底出られる状況ではない。あとは死を待つばかりと、打ちひしがれる大人達に混ざって壁に寄りかかっていると、透花はそんな俺の横に来るなりこう耳打ちした。
「あのね、私明日中学校に行ってくる」
「ばか、なに言ってんだよ」
突然上げた大声にも、もう周りにいる誰も反応しない。それでも一応、俺は詰め寄る声を落とす。
「分かってるだろ? まだ外には出られないんだよ」
「でも、このままここにいてもどうせ……それなら最後に思い出の場所を見たいの。だから私、行ってくるね」
そう笑う透花は、小さい頃、二人でいたずらを企てた時と同じ顔をしていた。
「夕輝にだけはさよなら言って行こうと思って。それじゃあ……ばいばい」
落ち着いた声音でそれだけ言うと、透花は俺に背を向けてしまう。振り返りもせず立ち去るその後ろ姿に俺はしばし呆然としていたが、やがて我に返ると衝動のまま追いかけて透花の肩を掴んだのだった。
「おい、ばいばいって何だよ」
「だって外に出たら……」
「俺も行く」
「え?」
「俺も一緒に行く」
決して透花と死のう、などと大それた覚悟で言ったわけではなかった。ただ透花を一人ぼっちにしたくない。それは昔から変わらない、単純であどけない動機だった。
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