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「本当に、何もなかったみたい……」
「ああ」
穏やかなる自殺を遂げた町はかつての姿から音だけを消し去って、目の前に横たわっている。
「……ところでお前、さっき俺のこと色々言ってたけど、お前だってされたんだろ?」
俺は熱くなる頬を腕で隠しながらずっと気になっていたことを聞いてみた。
「何を?」
「だから、こ、告白だよ。知ってんだぞ。お前と同じ陸上の長谷川ってやつに呼び出されてたって」
俺の発言がよほど意外だったのか、透花はまじまじと俺を見つめる。それから楽しげなクスクスッという笑いと共に「やきもち?」と首を傾げた。
「はっ、はあ? そんなわけねーだろ。ただちょっと気になったから聞いてみただけで、別に俺は……」
「断ったよ」
早口で並べる否定の言葉を遮るように透花が言う。
「……え?」
「断ったよ……好きな人がいるって」
薄く開いた唇から、言葉にならない息がひゅうと漏れる。透花は何も言わない。ただ澄んだ瞳で俺を見上げるばかりだ。透花が何を伝えたいのか、そして俺は何を言うべきなのか――色々な思いが頭を巡っては、結局何一つ言葉にできずに、俺たちは黙って互いに視線を交えていた。
「夕輝……」
掠れた声がそう紡ぐ。――と、その小さな唇がくしゃりと歪んだかと思うと、叫びのような泣き声が堰を切ったように溢れ出した。
「嫌だ、夕輝、嫌だよ。私やっぱり死にたくない。怖い、怖いよ」
顔を手で覆ってその場に崩れ落ちる。
「こんなの嫌だぁ。夕輝、助けて、助けてよぉ……」
俺は正面にかがんで、透花を力一杯抱きしめた。俺だけでは受け止めきれない透花の感情を、それでもこぼさないようにと、ただ体を寄せる。
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