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「見て、夕輝。……空、綺麗だね」
夜を迎える掠れた空にオレンジがじわじわと溶け込んで、あたりの空気が金色をたたえた茜に染まっていく。夕焼け空が目にしみて、鼻の奥がつんと熱くなった。
「最後に……こんな景色が見れてよかった。夕輝と一緒で、よかった」
こちらを向いた透花の瞳は差し込む夕日を淡く湛えて、透き通った涙を流している。
「ばか。……笑えって言ったろ」
頬を拭う俺の手の上に、透花が手のひらを重ねた。
「夕輝は私にしか……ばかって、言わないもんね」
今はただ、透花の全てが愛おしい。
「そうだよ。お前、だけ」
「じゃあ……私の特権だ」
透花はくすぐったそうに頬を染めて、俺の一番好きな笑顔を見せる。それを見た瞬間――心に、きらきらと光の満ちる思いがした。今までの気恥ずかしさや強がりや、余計なものが全て消え去って、ただ一つ純粋な想いだけがそこに残る。
「……透花」
「うん」
「俺さ、お前のこと、ちょっと好きだったよ」
これが、今の俺の精一杯。
「もう、言うのが遅いよ」
透花の声が涙に揺れている。俺はそんな透花に微笑みかけると、ゆっくり目を閉じた。
体が深い闇の底にゆらゆらと沈んでいく。肩に寄りかかる透花の重みが心地いい。どこか遠くで、私も好き、という声が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか……いや、これは透花の声だ……いつも聞いてた、本当はずっと大好きだった透花の――
全ての意識を手放す直前、微かに開いた目で見た夕暮れの空は、遠い昔、二人で手を繋いで歩いたあの帰り道と同じ色をしていた。
(完)
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