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もうすぐ午後11時になる。
レジの真向かいにある時計を見て、チラっと入口を見た。
今日で最後…か。
少し寂しい気もするけれど、俺は今日おじさんに「おめでとう」と伝えたい。
そんな気持ちが強くなってきた時、自動ドアが開く音がした。
そこには紺色のスーツを着たおじさんが立っていた。
ついにやってきた瞬間だった。
思えばおじさんのタバコの買い方に気がついて数ヶ月、その日から始まったおじさんと俺の物語。
その物語も今日でいったん終わりを迎えるのだ。
そしておじさんの見た目は綺麗に整えられていた。
整髪料で整えられた白髪交じりの髪、ピンと皺もよれもない紺色のスーツ、背筋が伸び、すらっとした立ち立ち姿。
髭も剃ったのか、昨日よりも若々しく見えた。
勿論、痩せこけてしまった頬、大分細くなってしまった首は昔のようにとはいかなかったが、それでも今日のおじさんは1番かっこよく見えた。
そして今日は一緒に来る女性が隣にはいなかった。
でも来ていなかったわけではなく、その女性が店内に入らずに店の外で心配そうに店内を見つめていることに俺はすぐ気がついた。
そうか…
おじさんにとっても「今日」という日が特別な日なんだ。
だから今日は自分の力で全うするつもりなんだ。
おじさんは1人ゆっくりと雑誌コーナーに向かっていく。途中よろめきそうになったけど、自分の力でなんとか踏ん張った。
おじさん、頑張れ、頑張れ!
見て見ぬ振りをしながらも、心の中では必死におじさんの後ろ姿に声援を送る。
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