コーヒーとタバコと、静かなあなた

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
ゆらゆらとのぼる、あなたのタバコの煙。 雨の日は空気がしんと停滞していて、匂いが際立つ。 あなたのタバコの匂い。 あなたの部屋の匂い。 あなたの、匂い。 のぼっては見えなくなる煙を目で追っていると、あなたは含みのある声を私に投げかける。 話が早い、と。 笑う。 静かに。 でも決して聞き逃しようもない音で。 私は無意識に軽く微笑んでから、マグカップにコーヒーを注ぎ入れた。 ふわりと香る、黒い匂い。 雨の日は嫌いではない。 イロンナモノを閉じ込めてくれるから。 例えば、ポケットから小瓶を取り出す音。 例えば、小瓶を開ける音。 例えば、小瓶の中身をマグカップに入れる音。 あなたは気がつかない。 雨に紛れたさまざまな音や匂いに、あなたは決して、気がつかない。 私の差し出すマグカップを、あなたは悪いねと言って受けとる。 私は微笑みを張り付けたまま、すぐに見えなくなってしまうタバコの煙に、再び目を向ける。 だから、気がつかなかったことにする。 煙を見ていたから。 タバコとコーヒーとあなたの匂いに意識が行っていたから。 あなたがコーヒーを啜る音。 マグカップが割れる音。 呻き声。 悪いね、と、舌の上で言葉を転がしてみた。 あめ玉みたいに。 悪いね、もう、お金は用意できないんだよ、と。 聞く相手のいない呟きが、ふわりと浮かび、消える。 あとに残ったのは、コーヒーとタバコと、静かなあなた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!