第1章

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 一年に一度、煙草を吸いたくなる。吸うというよりふかすだけだし本数も一本か二本なのだが、なぜか吸いたくて吸いたくていてもたってもいられなくなる。とうに二十歳は越えているので煙草を吸うことに社会的な問題はないのだが、家族がぜんそく持ちだ。家で吸うわけにはいかない。まだ薄暗い朝っぱらから財布だけをポケットに突っ込んでサンダルを引っ掛けて外に出た。  コンビニで煙草とライターを買う。たったそれだけの荷物を可愛い店員さんが小さな袋に入れてくれた。袋をぶらぶらさせながら近所の珈琲館まで歩く。  煙草のセロハンの袋をやぶる時、いつもなぜか緊張する。悪いことをしているような背徳感と、世間にかっこつけてみせているような面映ゆさを感じる。私にとって煙草というものはそんな存在なのだろう。背徳的でかっこつけ。ついでにブラックコーヒーでかっこつけに止めを刺す。  煙草の銘柄はいつも決まってる。パーラメント。白い箱に紺色の窓、銀押しでPARLLAMENTと書いてある。高級車のフロントラインにも似たマークが重厚感を漂わせる。あの人が吸っていた銘柄だから、いつもカバンにストックを入れていた。それが始まり。  あの人の最期に立ちあうことはしなかった。葬儀にも出ていない。最期にあったあの人は年をとって皺だらけで小さく小さく萎んでしまっていた。私はあの人の目を、あの人の最期の命の残り火をまっすぐに見る事が出来なかった。  お別れを言わなかったのはわざとじゃないはずだ。どうしてもはずせない仕事があったし、あの人と私は社会的には他人で、もう何の繋がりもないことになっていたから。だけどあの人が私に教えてくれた色々なことが今でも思い出される。
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