タバコとコーヒー

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花散らしの雨が降りやまないある休日の午後、アパートの一室で桜子は遅い朝食を摂りながら、趣味である雑誌の間違い探しに興じていた。 無心というものか、あと一ヶ所という段で遂に行き詰まり、手にしたツナサンドの事も忘れて頭を抱えながら悶絶している桜子だったが、連打気味に鳴らされる部屋の呼び鈴でふと我に返った。 (くそ、あと少しで私の勝ちだったものを……誰だ!)と半ば怒りに似た感情をまといながら、渋々と言った体で「はい」とドアを開けると、タンクトップで短パン姿の大柄な日焼け男が紙袋を下げて立っている。 「何か御用でしょうか特に何も無いようでしたら失礼しますさような…」 「どうも、今度引っ越します、上島です! 引っ越し蕎麦を持って参りました!」 本能的にヤバいものを感じた桜子はさっさと終わらせるべく句読点抜きの畳み掛けに打って出たが、その思いも虚しく、男はマイペースに動き始めた。 「引っ越し……蕎麦?」 「はい! どうぞ宜しくお願い致します!」 男はおもむろに紙袋を漁ると、カップ焼きそばを差し出した。 「はあ、どうも……」 色々と何となく釈然としないものを感じながらも、ただの引っ越しの挨拶だった事、カップ焼きそばはカップ焼きそばで実用的な事、極めて短時間でのサンプルながら、“多分こいつはただのバカだ”と思えた事から、妙な安堵感を覚え警戒心の緩んだ桜子は意外とすんなりそれを受け取った。
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