タバコとコーヒー

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「いやあ本当に久しぶりだね! もう20年ぶりくらいかな!? 元気だった!?」 「……」 「タバコ?」 構わず話し掛ける男だったが、さすがに固まったまま考え込む桜子の様子に違和感を感じたらしい。 「もしかして、僕の事まだ思い出してない!? ほら、僕だよ僕! 上島だよ! 同級生の!中学の!」 男はそう言って上腕二等筋を指差すが、何も情報が更新されていない上に、そこをアピールされた所で分かる訳がない。普通、アピール材料は顔であろう。 「ほら、担任の鈴村先生にイタズラして一緒に怒られたじゃないか! 覚えてない!?」 確かにこの情報も合っている。 担任の先生の名前は鈴村良雄。滅多に怒らない温和な先生だったが、一度だけ烈火の如く怒られた記憶がある。とは言え、ある時、怒らない先生の怒る所が見てみたいという一部の男子達の思いつきにクラス全体が悪乗りして同調、先生の買ったばかりの新車に落書きしたり、美人局ドッキリを仕掛けたり、先生のお宅にロケット花火を一斉に撃ち込んだり、あの手この手で怒らせようとするも暖簾に腕押し。しかし、男子数名が授業中、先生にプロレス勝負を仕掛けた時の事。ふとした拍子に先生の頭髪がずり落ちるや事態は一変。とたんに悪鬼と化した先生は一切の理性を失ったかのようにおおよそ人の発するものとは思えない怒号を教室中に轟かせながら男女関係無しに見境なく張り倒し、本当の意味でクラス崩壊の危機に。そんな中、一部の勇敢な男子達が決死隊として命懸けで先生の頭に頭髪を戻す事に成功、無事に元の穏やかな先生に戻るも、学校中に響き渡ったこの騒ぎは『金園中のパンドラの箱事件』として当時のクラスメイトの中にはトラウマになっている者も少なくはない。この件は桜子を含め連帯責任、というより巻き添えで制裁を受けた人間が大半で、“イタズラして一緒に怒られた”というには些か理不尽ではある。尤も、大局的には生徒側に問題があるのだが。
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