桐壺

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桐壺

     ー聞いたはなしでございます。    いずれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらいたまいけるなかに、いとやんごとなき際にはあらぬが、優れてときめきたもうありけり。  ーと、私の母が勿体つけてはなしだしたのは、自身がお仕えしていた帝の御代の話しでございました。  娘相手に、いつのことでしょうなんて、気取っているじゃありませんか。  あの人はいつだって大袈裟にするのが好きなのです。娘の私は、母のそうした性格をよくわかっておりましたから、おとなしく、ただはいはいと頷いておりました。  母がお仕えしていた帝の後宮には、たくさんの女御、更衣がひしめいておりました。   その中でも、身分は高くないけれど、とてもときめいていらっしゃるお妃がいらしたのだと、母は申したのです。  俄然興味を惹かれました。身分が低いのに帝のご寵愛を一身に受けているなんて、それだけでなにかありそうではありませんか。  小娘といえども私も女。愛憎もつれる泥沼の恋物語は大好物でございます。  私は澄ました顔をして、母に続きを促しました。もちろん母は私の心の中などお見通しです。けれどもわざわざ指摘などしません。母はこれでも女房としては一流の人なのです。  さて、母が申しますには、後宮には“私こそ帝のご寵愛をいただくのに一番相応しい”と、自信たっぷりに入内なさった女御様や更衣さまがいらっしゃいました。貴族の、それも帝のお側に侍ることを許されたご身分の姫君方ですから、ご実家でもそのように育てられていたのでしょう。  なにも不思議なことではありません。たとえ現実には別の御方に帝のご寵愛が注がれる様を、傍から見ているだけのお立場になろうとも、それは、そうしたものですから。御本人方は納得できないでしょうが。  身分の高い御方々は、自分が受ける筈だったご寵愛を横から掠め取った(言い掛かりでございますね)御方を軽蔑したり、羨んだり憎んだり、なかなかお忙しいご様子です。      
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