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今、俺の目の前には新聞を流し読みしながらツナサンドイッチとコーヒーのセットを堪能している老婆がいる。
新聞を読む老婆。
喫茶店で新聞を読むのはてっきり男だけかと思っていたが、誤解であったことが俺の人生の歴史の中で初めて証明された。
なぜ一度も喫茶店で老婆が新聞を読む姿を思い浮かべられなかったのだろうか。
女についての妄想なら十三か十四の頃からの習慣だというのに。
俺は老婆に話かけてみた。
「あの、すみません」
老婆は新聞から視線を外さない。
聞こえなかったのか。
よし、ちょっと驚かせてやろう。
「すみません、すみません、すみません!」
「なんだあ?うるさいねえ」
うわ、歯がどす黒い。
老婆は新聞をツナサンドイッチがのった小皿の横に置いて俺の両眼を見据えた。
俺に付き合ってくれるようだ。
「あの、お聞きしたいことがありまして」
「なんだい?」
「実はですねあの、こういうのもあれなんですが」
「はっきりしな。そんなだとなめられるよ」
「あ、はい」
ずいぶんと出る釘にハンマーを打ち込む女だ。
まあいい。
「死についてどう思いますか?」
「つまり?」
「つまり、死ぬ直前に何をして死にたいですか?すいません。ぶしつけな質問で」
すると老婆の口元が緩んで婉曲した二本のチョコレートバーが現れた。
だが気持ち悪くはならなかった。
「はは。おもしろいこというねえ。あたしがあまりに老け込んでたから心配してくれたのかい?え?」
「いえ、そうではないんですが、私自身の生き方というか、どうやって生きたいのかよくわからないんです」
「そうかい。あたしはね、もちろん人間だからいろんな苦労をしたもんさ。でもなんとか乗り越えてここでサンドイッチもコーヒーも味わえてる。だから不幸には思わないね。あんたはお客に食事を出す仕事に満足してないのかい?」
「よくわからないんです。死にたくてしょうがないっていうか」
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