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唇を離した男を、再度睨んだが。潤んだ眼差しに、水野が望んだ効果は見られなかった。
「ここ、どこだと思って……」
「誰も、来てない」
「そういう問題じゃない」
仕事はできるが、常識がない。
「苦かったか?」
「え?」
「煙草の味」
「……っ」
煙草よりも、彼の味に気を取られていたことを。分かっていて、訊いている。
「……苦くて、嫌いです」
このひとは、自分が何を言おうと、楽しそうに笑う。
楽しそうに、愛おしそうに。
どんな苦さも緩和されてしまうくらい、甘く。
「早く、打ち合わせに行ってあげてください」
「水野」
「何ですか」
──早く、慣れて。
耳元でささやかれ、一瞬で顔に血が上る。煙草の話とは、思えなかった。
喫煙ルームを出ていく彼の後ろ姿を見送り、水野は人には見せられない状態の顔を片手で覆い隠した。
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