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後ろから煙草の薫りがしたことで、男が現れたことに受けが気付くシーン。描写があっさりしていたので、もう少し細かく書くよう言われた。
「煙草の銘柄を指定してもいいかもしれない。煙草という要素だけでは、相手を判別するには弱い気がする」
「なるほど」
自分が吸わないので、銘柄なんて気にしたこともなかった。
「周りの、喫煙者にでも訊いてみろ」
「分かりました。……ちなみに、一条さんが吸われているのは?」
「俺の?」
「はい」
いちばん身近な喫煙者が、彼である。ヘビースモーカーのようだが、一体どんな煙草を吸っているのだろう。
好奇心から、何気なく尋ねると。
彼の整った顔が、近付いてきて。
唇が、重なった。
「…………」
「こんな味の」
え?
今、このひと。
「い、い、一条さん……っ?」
「何その顔」
それはこちらの台詞である。
何で人に突然キスしておいて、そんなに平然としていられるのか。
「降りないのか?」
「お、降ります!」
僕は慌てふためきながら、ドアのロックをはずして外に出た。先生、と彼が言う。
「直し、来週までだから。忘れるなよ」
「了解しましたっ」
事務的なやりとりの後、何事もなかったかのように、彼と別れた。
これも、僕の妄想だろうか。
それとも……?
キスの感触が失われても。
彼が僕の口許に残した苦味は、なかなか消えてはくれなかった。
end.
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