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煙草と珈琲の匂いが昔から苦手だった。
私の祖父は反社会勢力として名声を得た。
その息子である父は、実業家、起業家の才能に恵まれた。
祖父の代で我が家は反社会勢力としての名声を終えるはずだった。
しかし父は、それを許さなかった。
父は我が家の財を嫌い、祖父に組長からの引退を勧めた。
祖父は息子の傲慢と、息子の言によって組を抜けた部下たちの裏切りに激怒し、二人は殺し合いの大喧嘩を繰り広げたという。
「山鳥の御父君は優しい経営者だったんだね」
朝日さんが笑った。
面白くもないのに、かはは、と笑う。
そんな朝日さんの癖が、不気味に見えた。
「清い経営者とは、言って下さらないのですね」
「何、言葉の『綾』さ。
僕は所詮、一介の高校生だよ。山鳥。
君の家の事情には疎いし、詮索もしない」
警察の両親の間に生まれた、息子の癖に。
朝日さんはシケモク(吸い殻を拾って吸うことをそう呼ぶそうです……)も拾って来るし、酒の空き缶を、そこら辺にポイ捨てする。
法を法とも思わない。
学力も考え方も天才的で、人柄も嘘も詐欺さえ自由自在。
私史上、最悪の幼馴染み、春日出中 朝日(かすがでなか あさひ)。
格好良いけど、最低で。
頭は良いけど、心がない。
………けれど、そういう朝日さんだから。
私は私の弱さを、曝け出せた。
痛いのも、苦しいのも、この人に明け渡せてしまえた。
私たちは小学生の頃からの幼馴染みだった。
幼馴染みであって、初体験の相手であって、それ以上でもそれ以下でもない。
………恐らくは。
朝日さんは、この世の言葉で『天才』と呼ばれる人種だった。
一般的な人間らしく振る舞いながらも、天才と呼ばれるに相応しい、天才。
でも私に取っては、ただの幼馴染みの一人だ。
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