第1章

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 おじさんはコーヒーを飲んだ後にタバコを吸うことがあった。  いや、いつもそうではない。  たまにおじさんは飲むと吸うの順番が逆になるときがあるのだ。  オレは子どもの頃、おじさんがたまに見せるこの行動が不思議でしょうがなかった。  コーヒーなんて苦いものを飲んだ後にタバコの苦い臭いを吐く。  これでは苦いコーヒーを吐き出すためにタバコを吸っているように見えたからだ。  オレは母親に「そうなんじゃないの?」って聞いてみた。 「おじさんのコーヒーとタバコ、飲むと吸うの順番がたまに逆になるときがあるって?」  母親はちょっと考え、笑って言った、 「それはね、あなたも大人になればわかるわよ。なんでたまにそんな順番になるのかってね」  それは子どもが知るようなことではない、という答えだった。  カチっとライターに火をつけ、オレはタバコの先端をそこに当てた。 「お前もタバコを吸える年齢になったんだな」  おじさんはコーヒーをすすりながらオレにほほえんだ。  そしてコーヒーを飲み終えると自分もタバコを吸い始めた。  タバコを吸える大人の年齢になってオレは、おじさんと話をしているとき、ふとあることに気づいた。  コーヒーを飲み終えてからタバコを吸い始める。  この順番には話題を変えて欲しいって態度を感じたのだ。  だからオレも自然とそういう順番を覚えた。 「そうだね。オレももう大人になったんだよな。で、話を変えるだけどさ、この間仕事で――」  苦いものを飲み込み、苦いものを吐き出す。  おじさんにも、そしてオレにも、コーヒーとタバコはそういうものであった。
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