第1章

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 野崎に聞かれても俺は何をしゃべったのか思い出せない。野崎は俺の答えが待ちきれず、 「あの時ね。コバタ君『中学受験組が練習に参加しないのは野崎のせいじゃないだろ? そもそもクラス全員が参加しなくたっていいじゃん。完璧じゃないけどゼロでもないじゃん。それでいいんじゃないかな?』って言ったの。私ね、それ聞いて目の前がパーーーーって明るくなったの。完璧じゃないけどゼロでもない。これ私の格言になってるんだ」  と、すごく嬉しそうに言う。けど俺、そんな偉そうなこと言った記憶はまるでない。 「あれで、肩の力が抜けたのね。で、クラス対抗リレーにも優勝できたんだと思う」  と、野崎。  確かにクラス対抗リレーには優勝した。何せ、35人のリレーなのでバトンの受け渡しが大きな鍵となる。そこだけを重点的に練習した。中学受験組は少数なのでそいつらが少々手間取ってもたいしてマイナスにはならなかった。隣のクラスには県大会で優勝するくらい足の速い奴がいたが、バトンの受け渡しのミスがあだとなった。  あの後、クラスの団結力が強くなったかというと、そうでもない。変わったのは野崎。クラス委員としてなんとか皆をまとめようとして、結構上から目線で命令してたが、それがなくなり、楽しむようになった。それで、クラスの雰囲気も明るくなっていった。 「そうそう、宇宙飛行士の件だけど、」  と、野崎が話し始めたので、俺は慌てて、 「ゴメン、俺、本当は宇宙飛行士とか、そういう将来の夢がなかったんだ。けど、なんか書かなきゃいけないと思って、たまたま野崎が『宇宙飛行士』って書いてるのが見えたから真似してしまったんだ…」  と、言う。野崎は呆れてしまうだろと思っていたが、笑い出した。 「ハハハ…。なんだ、そうだったの。コバタ君らし…ハハハ…」  野崎はそう言いながら 「でも、大事ね。私、今、小学校の教師やってるの。でね、時々、『夢を持ちなさい。夢が叶わなくても、夢に向かって努力するのは無駄じゃない。』って説教しちゃうことがあるのね。でも、夢がなくったて本当はいいのよね。…そっか、また良いアドバイスもらっちゃったな」  と真面目に続けた。  俺は少々居心地が悪い思いをした。  その後はお互いの近況を少し話し、コーヒータイムは終わりを迎えた。  あれからもいつもと変わらない日々が続いている。
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