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「あとでね」
艶っぽい唇を耳元に寄せてつぶやくと、彼女はマッカランの入ったグラスを握る俺の手に軽く手を添えた。
ちらりと奥のテーブルに目をやると、頭の禿げあがった中年男性達が談笑しているのが見えた。
酔客相手も大変だなと思った瞬間、グラスの氷がカランと音を醸した。
俺は吸いかけていた煙草を無造作に灰皿に押し付けて揉み消し、カウンター席をすっと立った。
「あらっ、今日はもうお帰り?」
店のママが声を掛けた。
「ああ、また来るよ」
俺は片手を軽くあげて挨拶した後、場末のスナックに似つかわしい安普請のドアを開けた。
チラリとさっきの彼女のほうへ視線を投げかけると、視線が交錯するように彼女もまた俺のほうを見ていた。
彼女が口をパクパクさせたのが見えた。
『今夜は?』
彼女がそう言っているように見えた。
俺は何も言わず、小さく首を横に振った後、ドアを閉めた。
雪の降る町の外は思いの他寒く、コートの襟を立てて歩き出した。
今夜はブラジルにいる友人が送ってくれたコーヒー豆を挽いて、それを一人でゆっくり飲もう。
一人寝の静かな夜も、たまには悪くないなと俺は冬空を見上げた。
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