月隠す花

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途端に、テーブル越しの北方の存在感が増す。中肉中背、取り立てて目立つ顔立ちでもなく、会社勤めに馴染むスーツ姿の彼は、社内に無数存在する同僚の一人だった、はずだ。 チャコールグレーの無地の上着に包まれた上半身は、ピンと伸びていて、ブレがない。白いワイシャツは糊が効いていて、清潔そうだ。深い藍色のネクタイは、光沢があって地味すぎることもなく上品で、真面目そうな彼に良く似合っていた。 そのネクタイの巻きつく首元が、意外と太そうで、ドクリと心臓がひと跳ねする。 さっきまでは料理と景色に夢中で、正直誰といたのかなんて、半ば意識の外だったと気付かされた。 「どうぞ召し上がってください」 菜乃佳が食べ始めないと、北方も動かないようだ。もう何度目かの礼を口にしてから、菜乃佳はスプーンを持つ。桜色に塗った爪が小さく震えていた。
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