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「豪勢にお祝いしても良かったんですが、それもどうかと思いまして……」
北方の逡巡は理解できる。菜乃佳としても、殆ど面識のない北方に大げさなものを用意されても、純粋に喜ぶより困惑の方が勝ってしまっただろう。距離感のある気遣いが、素直な感謝を連れてくる。
「今更ですが、誕生日に……良かったんですか?」
「ええ、楽しみにしていました」
菜乃佳は、北方と視線を合わせて、金曜の夜のようにニコリと笑ってみせる。あれから、アルコールが抜けると共に発作のような酷い症状も治まり、荒れた肌も割れた唇も、化粧で隠せる程度には回復した。
「……それなら良かった」
独り言のように呟いた北方が、じっと菜乃佳を見返す。
目元だけ綻ばせるその視線に、未だ慣れずに菜乃佳はついと目を伏せ、プレートに残されていた最後のひと匙分のティラミスを掬う。苺の酸味をマスカルポーネがクルンと包む。滑らかな舌触りに零れたため息が、甘かった。
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