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会話をしていなかったのはお互い様だとしても、相手を気にもせず、足を止めていたのは、さすがに失礼がすぎるだろう。
しかも、北方は職場の先輩だ。気を遣いこそすれ、存在を忘れていたようになどして良いはずがない。
慌てて謝ろうとした菜乃佳は、北方がフイと顔を上げたので、勢いを失して押し黙った。
月を見上げた北方は、密やかに感嘆して、頬を緩めた。
「……ぼんやりしたものを、ぼんやり見るというのも、良いんじゃないでしょうか」
思いがけない言葉に瞬きを繰り返す菜乃佳に気づいて、その微笑をそのまま向ける。
「良い月ですね」
「……ええ」
満足気に頷いた北方は、またゆっくりと歩き出す。
菜乃佳は、それに続きながら、再び夜空を見上げた。
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