夏揺す嵐

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ゆっくりでいい。 北方と初めて言葉を交わした夜に言われた一言が、菜乃佳の胸にストンと落ちて以来、すっかり根づいてしまっている。 せっかちで、常に予定が決まっていないと焦る性格だからこそ、それが身に沁みた。 だから、北方といるときは、殊更ゆっくりしてみようと心がけている。どこに行こう、何を話そう、提供できる話題はあるか、時間を費やす価値はあるか。そんなことは頭からさっぱり追い出してしまって、その時間と向き合う。菜乃佳にとっては、なかなか難しいことだったが、北方の纏う鷹揚な空気は、それを容易くした。 初めての休日の外出には、美術館が選ばれた。というより、元々は遅くまで開館している金曜日に来館しようとしていたのだが、どちらかが残業だったり出張だったりすることが続き、会期に間に合わない恐れがでてきて、やむを得ず土曜日にということになったのだ。
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