夏揺す嵐

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絵の具を闇雲に撒き散らしたかのように見える、一枚の絵画の前で、菜乃佳はふと足を止めた。 「気に入った?」 次の部屋へと向かおうとしていた北方が戻ってきたことで、自分が思いがけず長い時間をその場で過ごしていたことに気づかされた。 気に入ったのかと聞かれても、自分でよく分からない。全くの抽象で、何が描いてあるのかも分からないし――無題だった――解説も無い。画家の名も聞いたことがないし、国名も馴染みが無い。 好きかと聞かれても、頷きづらい。抽象画は、何が良いのか分からなかったし、殆ど白のような地に、赤や黄色といった激しい原色を散らした配色は、普段自分が好むものではない。 けれど、何かが足を止めさせた。 「迫力のある絵だね」 何も答えられない菜乃佳を気にするふうでもなく、北方はその絵を大きく眺めながら呟いた。 しばらく、二人で見入っていた。
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