第1章

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 内階段のドアを開けた途端、下りてきた管理人と鉢合わせになった。 普段、滅多に人が利用しない階段だけに、管理人は管理人で一瞬足を止めそうになったが すぐにいつもの調子で 「行ってらっしゃい」 と愛想笑いを浮かべて、先に下りて行った。 チッ、なんてこった こんなことなら裏をかかず、素直にエレベータにしておけば良かった。 わざわざ内階段にしてみたというのに、ちゃんとこうだ。 今の時代だからさほど大きな部類には入らないが、それでも90世帯近くは住んでいるマンションだ。 誰ともすれ違わずに外へたどり着くのが、至難の業であることは分かっている。 分かってはいるが、あともう一息というところで誰かに出くわしてしまった時のあの悔しさは、ますます俺の開き直りに拍車をかける。 何せ背は低くても一応は“大の男”である、それが仕事もせずに、昼日中からライトジャケットにチノパン姿で、ふらふら出歩いていれば体裁はよろしくない。 さぞや『あの息子さん、亡くなったお母さんからかなりの遺産をもらったみたいね』などと、近所で噂されていることだろう。 誠にご尤も、何とでも思っていただきたい。 人様の口に戸はたてられない。 というわけで、不本意な形での脱出になったものの、外へ出てしまえばもうこっちのものである。 3月の春めいた風は軽やかで心地よく、通り過がりの人々まで心なしかワンランク上に見せてしまう。 俺だって別に、好き好んで春の日を浴びに出た訳ではない。たまたま今日がお袋の祥月命日なだけだ。 少なくとも一周忌までは、余程のことがない限り月命日に墓参りをすることにしていたが、それも来月で終了だ。 地下鉄の神谷町で下りると、いつも通りチェーンの珈琲店に立ち寄った。 まずい具合に昼時とぶつかり、店は大分混んでいたが何とか喫煙席にもぐり込めた。 店では、いつもながら洒落た身なりのサラリーマンやOL達が、昼のひと時を神谷町流に決め込むことに必死だった。 俺は煙草を吸わないが、決して嫌いではない。 チェーン店にしては比較的狭い店内の喫煙ルームは、今や社会的孤立者となっている喫煙者達が、一服に飢えきった顔で押し寄せる場所と化している。 こうした場合、テーブル上に灰皿もライターも置いていない俺は、いささか居心地の悪さを感じてしまうのだが、今日に限ればそんな負い目もケセラセラだ。 俺はさっきから、窓際のカウンターチェアに
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