第1章

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 そう言ってカケルの前に座ったが、返事は無い。ネネも特に期待はしていない。身体を斜めに向けて、風の吹き込む窓を眺めた。空は白々と明け始めている。電気を点けていない薄青い色をしたリビングも次第に色が付き始めたように明るくなっていく。会社勤めを辞めた今、何よりこののんびりした時間が最高の贅沢に思える。  しばらく無言で早朝の空気を楽しんでいたネネだが、ハッと我に返り立ち上がった。 「部屋戻るわ。カプはいいけど、マグが最近寝ぼけてベッドから落ちそうになるんだよね」  急に犬たちのことが心配になり、カップとソーサーを持ったままキッチンを出ていこうとするとカケルが口を開いた。 「母さん元気?」 「相変わらず太ってるよ。まだ糖尿にはなってないのが有難いけどね」 「ふうん」 「なに?最近会ってないの?」 「俺、東京-神戸区間の担当になったからここに来んの久しぶりなんだよ。アンタは知らないだろうけど」 「うん知らなかった」  カケルは運送会社で働いているようで、トラックを乗り回してるらしい。ネネが弟の職業について知っているのはそれくらいだ。  たばこを吸う合間にコーヒーを啜るカケルを見て、ネネは思い出したように言った。 「コーヒーとたばこ、ちゃんと片していってよね」 カケルは二本目のタバコを揉み消すと立ち上がり、言われたとおりに灰皿とカップを持ってキッチンに向かう。そして洗いながらネネに言った。 「そのコーヒー美味いだろ」 「え?ああ、うん」  正直コーヒーの味はあまり分からないのだが、不味くはない。ネネは頷いた。 「俺、山にはその豆を必ず持っていくんだ」 「へえ、山でコーヒー飲むのって、美味しそうだね」 「炭焼きした豆なんだ。登りきったあとにそれを飲む。その苦味がちょうどいいんだよ」 「へえ」  言ってることが全然分からなかったが、山で、郊外で飲むコーヒーというのは想像すると美味しそうだ。 洗い物を済ませたカケルは、リュックを背負った。そして玄関に向かいながらネネに言う。 「今月、母さん誕生日じゃん。何あげるの?」  カケルの後について廊下に出たネネは、眉間にシワを寄せてカップを階段の手すりに置き、腕を組んだ。
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