第1章

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「まだ決めてないんだよねー。最近足がよくつるって言うからフットマッサージ機にしようかと思ったんだけど、痛みの原因が分かってないと怖いじゃん。血管なのか神経なのか筋肉なのか。マッサージして血管破裂してもヤだしね」 「しねーよ」 「だって専門的な知識無いから分かんないもん」  ここ数日考えていたことを一言で否定され、ネネがムッとして言うと、カケルは火に油を注いできた。 「エプロンとかは?」 「エプロン!?」  息子の、母に対する発想というのは小学生の頃から変わらないものなのか。料理が好きで頻繁に作るというのなら分かるが、ネネたちの母親は旦那、つまりネネたちの父親と二十年前に離婚して以来忙しくて、食事の支度はしてくれたが、会社から帰るとエプロンも着けずにそのままキッチンに立っていた。今更エプロンを買うというのは、せっかく子どもたちも手を離れたのに、まだ料理を続けろというように捉えられかねない。確かにカケルが帰って来る日は、はりきったおかずが食卓に並んでいるようではあるが。 どうして弟ってこんなにも役にたたないのだろう。 「鍵かけていってね」  玄関で靴を履き始めた背中にネネは冷たく言い放ち、カップを持って二階へと上がった。 その日から、カケルはどこかに消えてしまった。  ネネと母親はカケルの携帯電話、友人、職場、四方八方当たってみたが、カケルにたどり着くとこはできなかった。もちろん山に登ったのかと思い、どこの山に登ったのだろうとカケルの友人たちと議論したが、友人たちは口を揃えて「その日カケルは山に登るはずがない」と言った。 「どうして?だってリュック持ってたよ」 「それ小さいでしょ?仮にアタックザックだったとしても、カケルはアタックザックだけでは登らないよ。必ず大型ザックのはずなんだ」 そして友人たちは、カケルが最近ずっと登っていたという山の管轄である警察署の登山届けの確認もしてくれたが、確かにカケルの名前は出てこなかった。カケルのアパートにも行ったが、家族宛ての登山届けもなく、どこそこの山に行く、などというメモ書きも見つからなかった。  ネネはすっかり体調を崩してしまった母に変わって、山岳救助隊ではなく、カケルの住んでいた市の警察署に捜索願いを提出した。  カケルが失踪して一年ほど経った頃、ネネはカケルの友人だという男に呼び出された。
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