第1章

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 桜がちらほらと散り始めた日、ネネは、オーク材を使用した喫茶店‘ニレノキ’のドアをそっと開けた。初めて入る店というのは緊張する。店員が寄って来ないうちに店内をぐるりと見渡した。相手の男はまだ来てないようだ。  セピア色の写真が貼られた壁に、表示された禁煙マークを確認して右側の席に行こうとすると、やっとネネに気づいた店員が声をかけてきた。 「おタバコは吸われませんか?」 「はい」  そう答えてネネは勝手に奥の席に行き、腰を下ろした。  メニューを見ながら不意に壁に架けられた時計を見上げると、あと十分ほどで一時になる。ブレンドコーヒーを頼むと、若いウエイトレスはニコニコしながらメニューを回収し、厨房へと入っていった。本当は昼ご飯を食いっぱぐれていたのでランチメニューのアボカドサンドも頼みたかったが、流暢に食事をしている場合ではない。ずっと探していた手がかりが掴めるかもしれないのだ。 ネネは気を落ち着かせるため、カバンから読みかけのミステリー小説を取り出した。  ストーリーがいよいよ終盤に差し掛かり、これから謎解きが行われようというところで、ネネは上体を立て直して本から目を上げた。  おかしい…まだ来ないなんて。  ネネは何か連絡が入っているかもしれないと思い、カバンから携帯を取り出そうとした。 「あれ?」  始めは手探りで探していたが、指先にそれらしきものは当たらない。カバンを膝において中を見たが見つからなかった。 (まじか!置いてきた)  仕方なく壁時計を見ようと視線を上げると、そこに時計は無かった。  さっきまであったのに、いつ外したのだろう。思わず身体を揺らして驚いてしまったネネは四方八方の壁を見たが、時計は無い。元々腕時計を付ける習慣も昔から無いので、携帯頼みでいた。 ウエイトレスに訊こうとしたが、ネネが本を読んでいる間にコーヒーを置いていったらしく、店内にはいなかった。厨房にこもってしまったのだろう。ネネは、誰かに訊こうと辺りを見回した。
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