注がれた恋と手渡す苦さ

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カウンター越しに向かい合ったのは長身の男性だった。 「煙草、もらえる?」 青いトレーナーの上に黒いチェスターコートのボタンを留めて、春に近いこの時期にしては少し厚めの格好をしている。首元にはシルバーの貴金属を下げていて… 「あの」 「あ、あっ!申し訳ございません」 男に再度声を掛けられ微妙に下げていた目線を上げた。 「こちらでお間違いないでしょうか?」 黒に近い茶の瞳、左の目尻の泣き黒子。 「ああ。」 "年齢確認のボタンを押してください" 私は、今目の前にいる「先輩」に何も言うことが出来なかった。 それからというもの、毎週土曜日の午後に先輩は煙草を買いにやって来た。 銘柄はメビウスのソフト。黒いチェスターコートを羽織って大体私のレジに並ぶ。狙いすました様に私がレジにいるところで買うし、七星さんがレジにいるときは先輩は雑誌棚のところで何らかの本を読んで暇を潰し、私がレジに来たら煙草を買うようになっていた。 「それ、若葉のことが好きなんじゃないのー?」 「ち、ちがっ!」 「おやおやー、それとも若葉の方が"その人"好きなのかなあ?」 「からかわないでください!!」 一つに結んでいた黒髪を解いてシャツの第一ボタンを外す。締め付けられた鬱屈さを解放する夕方のこの時間が私は大好きだ。 夕方からのシフトの大学生コンビの健斗さん&楽さんに引き継ぎを済ませ、タイムカードを押した。 「だってその人毎週何度も若葉のところに顔を出してるじゃあないか。なかなかイケメンだし私も顔を覚えたよ」 目が覚めるような真っ赤な口紅を引きながら七星さんは茶化すように笑う。夕方以降は夜の蝶に代わる七星さんはここのコンビニの制服を脱ぐと抜群に色っぽかった。 「だって…先輩は、有名人ですから」
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