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わたしがまだこどもと呼べるくらい小さかった頃。世界は今よりもう少し単純で、分かりやすくて、ビー玉みたいにキラキラしていた気がするのだ。
ソファに寝転がりながらそう言うと、部屋の窓際で煙草の煙をくゆらせていた葵(あおい)が、「何それ」と小さく笑った。
「亜紀、なんか嫌な事でもあった?」
「なんで?」
「いや、突然そんな事言うから」
「違うよ。……ほら観て、今、テレビで海外の事やってるんだけど」
「何? 旅行行きたいの?」
「いいね、イタリアとか。でも、わたしが今言いたいのはそんな事じゃあない」
身体をよじって、体勢を立て直す。と、テーブルの上に置いてあった缶コーヒーが目に入って、おもむろに手をのばしてみる。
――けれど、プルタブがカタくて、うまくあける事が出来ない。
無言で葵に缶コーヒーを突き出すと、葵は苦笑しながら灰皿に煙草を置いて、こちらに歩いてきた。
ぺし、と音を立ててタブを起こし、そのままわたしに手渡してくる。
一口すすると、にがい味が口いっぱいに広がった。
「うわ、不味。……いらない。あげる」
「自分で勝手に飲んだんだろ。……まあ、もらうけどさ」
「葵、いつもこんなの飲んでるの? なんでブラックなんて好き好んで飲むの?」
「俺の場合、元々はただカッコつけて飲み始めただけなんだけど、飲み慣れたら普通のやつが甘すぎて飲めなくなったってパターン」
「……煙草も同じ?」
「多分ね」
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