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おとなになってからね、というのは、小さかった頃、親から散々言われてきた言葉だ。 そしてあの頃は、それが原因で「おとなばっかりズルい!」とむくれたりもした。 けれど、今こうして『おとな』と呼べる年齢になり、あの頃出来なかったいろいろな事を経験したものの、そのどれもが、あの頃描いていたような『キラキラした感じ』からはほど遠いものだったような気がするのだ。 コーヒーも、煙草も、お酒も。 心底嫌いというほどではないにしろ、どれも苦いし、どこか悲しい気持ちになる。 こどもの頃は、あんなにもキラキラして見えたのに。 ビーズのクッションを抱き抱えながらテレビを眺めていると、煙草を吸い終えた葵が、わたしの隣に腰を下ろした。 ほのかに残っているその甘い香りに、わたしはほんの少し目を細めて、そのまま、ゆっくりと閉じる。 波の音が聴こえた気がした。 「……こどもの頃さ、夏休みになると、家族みんなで、よく海に行ったんだよね。わたしと、お父さんとお母さんと。あと弟と、4人で」 「へえ。……亜紀、泳げるの?」 「ううん、全然。だから砂浜の上で座って、海を眺めながら、弟と一緒にいろいろ話をしたりしたよ。 あと、小さなカニを追いかけたり、砂でお城を作ったりとかね」 静かに満ち引きを繰り返すその大きな海が、その時の光景が、ありありと脳裏に浮かぶ。 あの頃わたしは、海をずっと泳いでいけば、その内どこか不思議な世界にたどり着くんじゃないか、と本気で考えたりしていた。 だから、社会の授業で地図帳なんてものが配られた時は、がっくりと肩を落としたのをよく憶えている。 地球がどんなカタチをしていて、日本がどこに位置していて、アメリカが、オーストラリアが、ヨーロッパがどんななのか――わたしはもう、知ってしまっている。 不思議な世界など、どこにもないのだと。 海外旅行なんてほとんど行った事ないのにね、と、わたしは笑った。
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