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突拍子の無い発想だと自分でも思う。
だが、他に考えられない。
翌日も翌々日も、朝と夜の食後にコーヒーが並ぶことはなかった。食後の一服も無かった。
「今日も、コーヒーは淹れなくていいの?」
「ああ」
夫が飲まなくなり、私も何となく遠ざかっていった。どっちにしろ、最近体調が思わしくないから構わないのだけれど。
結婚生活を始めてからほぼ毎日使われていた手挽きミルが、戸棚で寂しそうに飾られていた。
だが、私の驚きはこれだけではなかった。
「今日は俺が洗うよ」
そう言って、汚れた食器を私の分までシンクに持っていき、洗い出した。
驚きすぎて声が出なかった。
夫はーー妻の私が言うのも何だけど、いわゆる亭主関白だ。一度座り込んだら縦のものを横にもしない。
家事なんて何一つ手伝ってくれず、たまに爆発して「手伝ってよ」と抗議したらすぐに猛反発される。お決まりの返し文句は「仕事で疲れてるんだ」。そんなの、私だって同じなのに。
だから、これが初めてだった。夫が食器洗いをしたのは。
私の疑惑は更に深まる。
女ができたのではないか?
浮気した申し訳なさがたたって、私に気遣いをしてみせているのではないか?
そう考えれば、突然タバコとコーヒーをやめた理由も察しがつく。
その女は、タバコとコーヒーが嫌いなのかもしれない。
私は慣れてしまったけれど、愛煙家でコーヒー党の人間の体臭や口臭は、意外と強烈らしい。
それを浮気相手に嫌がられて……?
突飛ではあるが、辻褄が合う。
目の前が、くらりと眩んだ。
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