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「莉奈子?」
電灯が点いて、室内がパッと明るくなった。
いつの間に帰ってきた夫が、そこに立っていた。
「どうしたんだ、電気もつけないで」
項垂れる私に、訝しげに尋ねる。その手首には小さな手提げ袋がかかっていた。
麻袋にドライフラワーの飾りと赤いリボンがつけられている、どう見てもプレゼントの装いだ。それを見た瞬間、浮気相手に贈るものだと直感した。
私の頭の中が一瞬で沸騰した。
「何故コーヒーを飲まなくなったの?」
そんな言葉が口についた。
「何故、タバコを吸わなくなったの!!」
夫の顔が歪む。当然の反応だ。そう思っても止まらなかった。
「何だ、いきなり」
「いきなりじゃないわよ!」
どうして。
どうしてよ。
よりによってこんな時期に!!
「ちょっと落ち着けよ。おかしいぞ、お前」
おかしい。
その言い草に、頭に血が上る。
「おかしいですって? よくそんなこと言えたわね。この裏切り者!」
「裏切り者!? 何のことだ!」
「しらばっくれないでよ! あんた浮気してるんでしょ!」
「はぁ!?」
夫が目を見張り、何を言われてるのか分からないといった顔をした。つくづく腹が立つ。
「急にタバコをやめたのもコーヒーを飲まなくなったのも、女ができたからなんでしょ!」
泣きながらなじる私に、夫がぐっと言葉を詰まらせ、たじろいだ。
(やっぱり……)
夫は浮気している。そう確信した途端、息もできないくらいの悲しさが私を襲う。
もう何も言えず、嗚咽を漏らす私に、夫は言いにくそうに、言葉を選ぶように重苦しく口を開いた。
「……女ができた、かもしれないのは、莉奈子の方だろ」
(ーーえ……?)
思いがけない言葉に、顔を上げる。
夫の目線は、私のお腹に注がれていた。
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