煙草は思いで

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 ただ、自分のやりたい事に真っ直ぐ正直だったあの日の姿は、今も眩しく思う。  あの時見つけた写真、カメラという趣味を、職にしてしまったのだから、大したもものだ。羨ましくもある。そんなに好きなことがあるということが。  俺は何もない。好きなものと言えば、煙草の煙と現実逃避。たまに酒が飲めればそれでこともなし。あの頃真面目だった俺は、今も真面目につまらない人生を送っている。  いやまあ、そこまで悪いとも思ってないけど、こうして溌溂とした奴が目の前にいると、自分に少し影を感じてしまうのは、しかたない、のかもしれない。 「なんで煙草吸うようになったの?」  ふいにそんなことを訊かれて、動きが止まる。  何で。それは――、 『煙草吸ってる人って、かっこいいよね』  それは、誰にも言いたくない。 「ハードボイルドに憧れて」 「体に良くないぞー、煙草はー」 「なら禁煙席にどうぞ」 「つれないこと言うなよぅ」  テーブルの向こうから腕を伸ばして片を小突いてくるから、お返しに煙を吹きかけてやろうかと思ったけど、楽しそうな表情に毒を抜かれた。天井に、クジラのように吐き出す。  灰を灰皿に落としていると、ふふ、と溢したような笑い声が聞こえた。 「でも、かっこいいね」  思わず、目を見開いてしまう。  ばれないように、すぐに視線を下げた。 「体に悪いだけだよこんなん」 「それわたしが言った」 「しまったバカが伝染した」 「ざまあみろ」  まさか、覚えているんだろうか。  いや、ルミは覚えていないだろう。そんなことにいちいち足りない脳みそを使っていられないはずだ。今もそう思っているということなんだろう。  まったく、変わらない。  髪型も服装も、後年齢も違うけれど、楽しそうに笑う顔は、何にも変わっちゃいない。  俺が好きだったルミのままだ。  ああ、胸のあたりが少し痒い。女々しいなあ。  笑って誤魔化すと、ルミは身を乗り出してきた。 「せっかく会ったんだから、飲みに行こうよ」 「仕事がある」 「誰が今からっていったよ。仕事終わったら」 「めんどくせーなあ」 「仕事終わったら電話してよ。電話番号変わってる?」 「いいや」 「なら問題ないね。待ってるよ」 「はいよ」 「あ、これあげる。飲むならさっさと仕事終わらせてくるよ。そっちもなる早で!」 「わかったって」 「じゃあ、また後でー」
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