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左足を狂鳴人に奪われても私達を船へ逃がす事を一番に優先した父の存在が奇跡の一つ。
もう一つの奇跡は、彼氏である和博が海上での方向感覚が長けていた事だ。
私と華純だけではきっとこの島には辿り着けなかっただろう。
航海術なんて持っているとは思えないが、和博は野生の勘だけでこの場所へ船を向かわせた。
数ヵ月前の事がほんの数時間前の事のように感じるのは、地獄の中に居るからだろうか。
地獄と言っても、釜茹でにされたり、針に串刺しにされるような地獄ではない。
何も無いという地獄だ。
思いつめた顔で瓦礫の隙間から朝日を見つめていると、和博が私の顔を覗き込んで声を掛けてきた。
「すず……どした?またこの前の事思い出しとるんか?」
鼻が触れあいそうな位置にまで顔を近づけてくる和博。
自黒の肌に白い歯が光っている。
「ちょっ……近いし!そんな近づかんでも、聞こえるし!」
「すまんすまん、でも……あんまり思いつめた顔しとると、幸せまでどっかに行ってしまうぞ?」
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