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真夏の太陽は、線路をも溶かさんばかりの勢いで照りつけ、陽炎を立ちのぼらせていた。
四方を山に囲まれた無人改札駅のホームには、この地方に多いニイニイゼミとアブラゼミの大合唱が響き渡っている。
その大合唱の観客は、ついさっき列車から降り立った若い男女のみ。
二人の他に人影はない。
まだ幼さの残る細身の少年は、少し心配そうに連れの年上の女を気遣っている。
少年の名は天野春樹。
この春、高校を卒業したばかりの18歳だ。
一方、列車を降りるなり、フラフラとホームのベンチにへたり込んだ女は戸倉美沙(とくら みさ)26歳。
春樹とあまり変わらないほどの高身長、少し冷たい印象を与える勝ち気な切れ長の目、セミロングにゆるくウエーブをかけた艶やかな髪。さらに抜群のプロポーションの持ち主で、どことなく近寄りがたいピリリとした印象を見るものに与える。
けれど、一旦大好きな酒が入ってしまうと、悲しいほどに別人になる。
酒好きなくせにあまり強くなく、それを知りながらセーブできない甘さは美沙本人も充分認めていた。
「だから車内であんなにビール飲んじゃダメだって言ったのに」
春樹が昼間からアルコール臭をぷんぷんさせてベンチに座り込んだ美沙に、ため息混じりの声をかけた。
「ああ、子供にはわかんないのよねぇー。この真夏の太陽に熱せられた新緑を窓越しに見ながら、ガーッとビールを飲み干す幸福感が!」
美沙はそう言いながらも吐き気にえづく。
「そうやって快楽に流されるから、いろんな失敗をするんだよ美沙は」
あきれ果ててそうぼやく少年を、美沙は酔っぱらい特有の目で、じっとりと見上げた。
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