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サラサラと風に揺れる、生まれつき色素の薄い髪、日焼けとは無縁のキメ細かい色白の肌。日本人には珍しい淡い琥珀色の瞳は、こんな腹立たしい猛暑の中でも涼しげに見える。
いつもなら、この優等生ぶったこの少年に100ほども言い返すのだが、今は吐き気が止まらず、それどころでは無かった。
ボストンバッグのポケットから夏には不釣り合いな革の手袋を取り出し、自分の両手にはめると、その手を少年に差し出す。
「ダメだ、ギブ! 民宿まで連れてって春樹。それか、せめて涼しい所。ダメ、もう死にそう……オエ……」
春樹は笑った。
手袋をはめた美沙の手を自分の右手で慎重に握ると、左手で二人分のボストンバッグをかかえ、美沙をゆっくり立ち上がらせる。
「悪いね」
「どういたしまして」
美沙は、ホテルのポーターのように礼儀正しく言う少年を、最悪の気分の中でチラリと見た。
少年の目は、相変わらず屈託なく優しげだ。
美沙のはめた手袋に傷ついた様子はみじんもない。
―――そう。傷つくなど、あってはならない。
自分がそういう風にこの子を手懐けたのだ。
あんたのことは大事にしてる。私を頼ってくれていい。だけどほんの少しだって私に触らないで。愛情とこれとは別。あんたにすべてを許した訳じゃない……と。
春樹は悲しい素振りも反発もせずに、真っ直ぐそれに従う。
それでいい。そうでなければもう、1分たりとも一緒にはいられない。
成功していると思う。今のところは。―――
美沙は、自分の手を握る少年から、何気なく目をそらす。
無粋な革越しに伝わる少年の手は、華奢でありながらもちゃんと男のものだった。
握られた手が、手袋の中でじんわりと熱く汗ばむ。
動悸がし、呼吸も僅かに苦しくなってきた。
やっぱり少し飲み過ぎたかなと、ようやく美沙は少しばかり反省した。
「ねえ美沙。まずはどこか、その辺りのお店屋さんで休ませてもらおう? 気分良くなってからタクシー呼んだらいいんだし」
無人の改札を出たところで春樹が言った。美沙は蒼い顔であたりを見回す。
「お店? ……ゴーストタウンみたいな商店街だけど、やってるのかな。出て来たおばさんに足が無かったりしっぽが生えてたら、私吐くかも」
「そんなわけないだろ」
春樹は可笑しそうに笑うと、フラフラしながら悪態をつく美沙の手を、手袋の上から再びしっかり掴んだ。
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