第2話 不測の事故

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「オニヤンマ!!」 まるで小学生の子のように声を上げると、春樹はスィと軽やかに土手を上っていくトンボを夢中で追いかけた。 「あっ!」 勢いよく歩いてきた人物とぶつかりかけたのは、春樹が土手を上りきった時だった。 「あぶなっ!」と叫んで睨みつけてきた青年の声に驚き、とっさに春樹は「ごめんなさい」と謝った。 こんな所から飛び出してきたのだ。明らかに自分に非がある。 再び謝ろうと青年の目を見た春樹は、奇妙な感覚に捕らわれた。 大学生くらいと思われるその青年の目は、あきらかに自分を見つめながら何かにショックを受けている。 驚きと畏怖が波動の様に伝わってきて、春樹も目を逸らせなくなった。 その青年は蒼白な表情のままゆっくりしゃがみ、自分が落としたボストンバッグを拾うために手を伸ばした。 春樹はとっさに我に返り、そのバッグを拾い上げて青年に差し出したが、再び春樹を見つめた青年の手が、勢い余って春樹の手をぐいと掴んだ。 電流のような冷たい衝撃がその瞬間、春樹の体をよぎった。 視界が揺らぎ、倒れそうになるのをぐっとこらえながら春樹は手を引き抜いた。 こぼれそうになる声を必死で飲み込む。 相手が悪かったらしい。触れた際に受けた衝撃は想像以上に痛烈で、鼓動がいつまでも静まらない。 二人が探るように目を合わせ、無言で別方向に歩み去るまでほんの数秒だった。 けれど春樹が忌み嫌うその異能が発揮されるには充分すぎる。 注意を怠ったために侵してしまった、あの青年の不可侵領域。その悲しい事実が心臓に深く突き刺さり、平静を装う春樹のこめかみを、汗が伝った。 春樹は触れた肌から一瞬のうちに、その青年の感情、畏怖、過去の記憶の断片を一気に読みこんでしまったのだ。
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