第3話 通りすがりの不幸

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一旦仕事を離れた時の美沙は本当に自由奔放で、出来の悪い姉のようだった。 仕事の時のピリリとした彼女とのギャップに未だに戸惑ってしまう春樹だったが、時たまそれがすべて、“可哀想な弟分”を気遣うが故の演技ではないのだろうかと思う事が有り、そう思うごとにちくりと胸が痛む。 けれどそれが美沙なりの優しさならば、甘んじて受けようとも思っていた。 「ねえ美沙。ここって4人部屋だよね。僕にも一部屋借りてもらったけど、予算は大丈夫? 僕、隅っこのソファでも寝れるし、同室にしてもよかったのに」 美沙はそう訊く春樹の方をチラリと見た後、先ほどとは違う笑みを浮かべた。 「チェックインの時ここのおばちゃんがさぁ、あんたと私を見比べながらニンマリ笑って、『お部屋は一つでいいですよね?』って言うからさ、何だか咄嗟に『仕事仲間なんで2部屋用意してくいださい』って言っちゃった。予算無い仕事だし、こんだけ広い部屋だし、私と春樹の間柄なら一部屋でもよかったんだけどね。あのおばちゃん、今にも『お布団は一つでいいですよね?』とか訊いてきそうだったからさあ」 美沙の言葉に春樹は声を出して笑った。 「ありえないね」 「そうよ、ありえない。だけど、姉弟みたいなもんだからって説明しても、あの目つきじゃ信じてくれそうにないし。あのおばちゃんに余計な妄想抱かれるのは戴けないしね。それにここは、あのシュレックみたいなおばちゃんが趣味でやってる民宿だから結構安いのよ。心配しなくてもこれくらいは何とかなるって」 「シュレックって」 ひどい……と思ったが、後からじわじわと笑いが込み上げて来た。 こういう子供っぽい美沙の発想も大雑把なところも、春樹は嫌いではなかった。 美沙が自分たちの事を姉弟と例えたのも、間違ってはいない。 兄が生きていたら、自分たちはそうなっていたのだろうから。 「さーて、外風呂で汗流してこようかな。春樹も自分の部屋に荷物置いて来なさいよ。春樹は隣の『桔梗の間』だっけ。夕食はこの部屋に運んでもらうから、いっしょに食べよ」 「はい」 「でもちょっと待った。その前に……」 出て行こうとした春樹を美沙は呼び止めた。 「え?」 「ねえ春樹……」 神妙に立ち止まる春樹に、美沙は、トーンを落として訊ねる。 「私が酔いつぶれてる時、1人で散歩してたでしょ。その時、何かあった?」
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