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私の目の前には、死体が転がっている。
我々が追っていた、一人の殺し屋だ。
「隊長。敵の兵がこちらに近付いているとのことです」
「分かった。迂回して、死体を運ぼう」
この男の手記の最後のページには、『心をください』とだけ書いてあった。
この男は、危険な生業で心が壊れていたことに、気付いてしまったのだ。
手記を見る限り、それに気付かなければ、我が国が戦争をすることにはならなかったかもしれない。
「哀れな男だ」
それが取り返しの付かないものであればあるほどに、人はそれに囚われる。
それが人としての心であったこの男は、気付いた瞬間から急速に心を喪っていった。
だが本当は、心を喪ってはいなかったのかもしれない。
この男はそう思い込み、それ故に本当に心を喪いかけた。
だが本当に心が無い者に何かを希望することは、最期の瞬間まで出来ないはずだ。
「隊長、どうされました?」
「なんでもない。この男のようにはなりたくないと、思っただけだ」
さようなら、哀れな戦士。
ありがとう、最強の戦士。
今は追う身の我々だったが、幾度と無く国を救ってきたお前には、返せぬほどの恩もある。
心あるうちに、命あるうちに、そう伝えてやりたかった。
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