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「…クソッ」
腕を大きく振り、何かの感触を感じるとその何かはカランッ、カランと音を立てた。
おそらく部屋に散乱した飲み物の缶だろう。いくつもの酒を飲んだ。感覚的なものでしかないが、この部屋はその残骸で埋め尽くされているはずだ。
「…ねぇ、優(ゆう)…」
「…うるせぇよ」
俺を優、と呼んだ声は何かを言いたさそうにしていたが、俺の言葉で声を噤む。
ストレスで何もかもが壊されていた。思考、行動、態度、性格、癖…本当に全てを奪い、体を蝕む。
「私…ずっと一緒にいるから」
「うるせえっつってんだろ!!!」
もうお互いに好きだと言ったあの日から、八年近く経った綾香(あやか)の声でさえも俺は拒んだ。
「…今日、病院の定期検査だから…行かないと」
「行って何になるんだよ!?俺の目が見えるようになるのか!?俺はまた色を理解することができるのか!?」
目を失った理由は簡単だった。
"交通事故"。一ヵ月程前、飲酒運転していた胸糞悪い若い男が車で歩道に乗り越し、俺を轢いた。
その時、俺はあまりの激痛に意識を失った。
目を覚ましたのは二十日前。本当に目が覚めているのかを疑った。
それはそうだろう?何も見えないのだから。
体は動かず、目は見えない。心境、不安の念しか無かった俺を前に、医者はいとも簡単に言い放った。
『もう目が見えることはないだろう』
その瞬間、俺の人生は間接的に『終わった』と言うことを告げられたような錯覚がした。
いいや、終わったんだ。俺の人生は、もう。
「クソ…」
涙は流れやしなかった。
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