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こういう輩は構うと付け上がる。
牛の霊については分からないが、それが僕の20年生きた経験からくる答えだ。
だから、やたらと高いテンションで騒ぎ立てるこの牛を僕は極力無視する事にした。
もくもくと焼肉を口に運ぶ。
「お前さぁ、1人で焼肉とか寂しくね?ちょっと淋しいんじないの!?ねぇ」
無視する。新しく牛タンを焼く。
ジューという音と共に旨味の伝わる香りが鼻腔をくすぐった。皿にレモンを絞り、僕の好みだが少量のワサビを添える。ワサビには肉の脂を分解する作用がある。ワサビからはツンとくる辛味が消え、肉からは脂の重さが消えて旨味を引き立てるのだ。
「あっ、その右の奴俺の舌だわ」
(きたな。言うと思ったよ〕
淋しいと言われても構わない。
この焼肉は僕の月一の楽しみだ。モノマネの歌番組よろしく後ろから本人(牛?〕が登場したくらいで僕のこの聖地を汚されてなるものか。
僕は動じることなく、慣れた手つきで肉を網から掬い、ワサビとレモンを絡める。
(完璧な仕上がりだ。これは間違いなく美味いぞ~〕
思わず軽くニヤけた顔でそれを口に放り込む。
「間接キスだな」
「ブー!!ごはぁ!ごほごほ!!」
想定以上の妨害に思わず屈してしまった。
内心苛立ちを感じたが、相手が霊では僕にはどうする事も出来ない。
ならばこいつが飽きるまで口惜しいが牛の肉は諦めてやる。
「すいません。〆の卵雑炊、鶏がらスープ濃いめでお願いします」
僕の〆は卵雑炊の鶏がらスープ濃いめの一択だ。
これは譲れない。濃いめのスープをあえてチョイスすることで肉の後味にも負けず、しかし、後半には米と相まってさっぱりとした味わいでしめることができるこいつを忘れては焼肉を1人で食べる意味がないとさえ言える。
「......ほぅ、今度は卵かい?」
感心するように牛が僕を見て何かを思案するが、関係あるまい。お前は牛だ。牛肉ならいざ知れず、鶏の卵、そこに文句なんて言われる筋合いはない。
そう思った矢先だった。おもむろに牛が腰のあたりから何かを取り出す。
「は......?」
僕はその光景が今までで一番信じ難かった。
牛の取り出したのはなんと携帯電話だった。
「いやいや、二足歩行とか喋るとかもあり得ないけど、それはないだろ!!しかもどこから出した!?誰にかけてる!?」
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