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「いやね、君は幸せ者だなと思っただけだよ。私は長年寄り添った女房に先立たれてしまったからかな......本当に愛した人の最期を看取らなくて済むことほど幸せな事はないのじゃないかと思ってね」
「......」
「......」
お互いに沈黙が続いた。一時は相手の自殺の理由を同じくバカにしてやろうと思っていた俺もそれを言う気力を削がれ、男もまた、何を述べるでもなく、遠くを見つめていた。
「ある意味では僕と君は似ているのかもしれないね」
「ええ、今は俺もそう思えてきたところです」
俺はその言葉に同意した。確かに、浮気されても死別しても相手を好きでい続けてしまった俺も彼も似た者同士なのかもしれない。特に相方の時のことを思い出す初老の男性の表情は如何にも楽しげで、彼女のことを友人達にからかわれている時の自分の表情とどこか重なって思えた。
《プオン》
そんな時だった。一台のバスがバス停に止まる。
「どうやら、お迎えが来たみたいだね。君は......本当に乗るのかい?」
「いえ......もうしばらく考えてみます。僕はもしかしたら幸せ者なのかもしれませんから」
それを聞くと男は優しく微笑んで良い答えが見つかることを祈るよと言った。
「今日、貴方に会えて良かったです」
「そうかい?僕も、君に会えて楽しかったよ」
「......」
しばらくの沈黙を残して、バスが出発の準備を始める。
「......良い旅を」
少し名残惜しく思いながらも、俺は閉まる間際のバスに向かいそう言った。
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