怒りの保険営業

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私の家に保険の営業マンが来た。 50代のバリバリで、 顔つきがまさにバキバキといったような強情そうな人だった。 建物更生保険が満期になったのでそのお知らせである。 母が貯蓄型の保険に入ってくれたので、 30年かけてたまった200万円が支払われるという。 まったくありがたい話だ。 ところが、 その営業マンは、その200万円をつかって、 あらたに家財家具の保険にはいりませんかといってきた。 認知症の母は「こんごの契約はあんたにまかせるよ」と私にいった。 母はその営業マンの会社のOBなので、 その営業マンからすれば、契約するには鉄板の、 カモみたいなお客だと思っていたにちがいない。 建物関連の保険に3つも入っていたのだ。 提案書を見せてもらったが、私にはさっぱりわからなかった。 そもそも保険というものは私は興味がないし、むずかしい。 安ければいいやぐらいにしか考えていなかった。 「これをみて、検討してくださいね」その営業マンはろくに説明もせず、 次の営業がいそがしいのだから、こんな家に時間をかけているヒマはねぇ! と、いわんばかりに帰ってしまった。 翌週、その営業マンはやってきて、結論はどうかときいてきた。 私は提案書をろくに見もせず、めんどくさいからというだけの理由から、 「あたらしい保険はいりません」といった。 そのとたん、営業マンの顔つきと声がかわった。 人間、怒りをおさえようとすると声が大きくなり、 一方的にしゃべりだしてとまらなくなるらしい。 ここにきてあらためて保険の提案書の説明を猛烈なはやさでしはじめた。 『せっかくきてやったのに、契約は受注として、 見込んでいるっつーのに、 このバカ女、なにも考えずに「いりません」と2秒でいいやがった! 提案書は1時間かけてつくってやったっていうのに、このバカ女、 読みもしないで「いりません」と2秒でぬかしやがった!』 営業マンの説明はそんなふうに聞こえた。 私が口をはさもうなら「だまってハンコさえ押せばいいんだよ!」 と怒られそうだった。 その営業マンの目や口元は笑っていた。 「また来ますから、ゆっくり検討してくださいね」 と、顔じゅうのしわが光の向きで異様にはっきりとでていた。 私はその顔がこわかった。
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