怒りの体臭

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無職になった私にとって、 それまで毎週買っていた「週刊プロレス」は立ち読みとなった。 ほぼ毎週だ。 立ち読み常習犯だと、店員さんからマークされると思い、 見た目をその都度変えて小さな努力をしているのだ。情けない話だが。 で、今日はスポーツキャップをかぶり男の子に変装し、 雑誌「週刊プロレス」をこっそりと読もうとした・・・ が、先客がすでにその雑誌を立ち読みしている最中だった。 大柄の30代の男だ。100kgはゆうにある。 髪がボサボサで妙につやがある。あきらかに頭の天然あぶらによるものだ。 作業着を着ていた。仕事の途中だろうか。 私はその男の隣で「週刊プロレス」をつまもうとしたとき、 「う! 」と、たぶん声に出したと思う。反射的に手をひっこめた。 古い酢の瓶を見つけ、 使えるかなーと、のんきに蓋をあけてにおいをかいだ衝撃だ。 鼻先をなぐられたかと思った。目が覚めた。臭いが目にしみるのだ。 ところが、鼻の奥にかすかに甘さが残る。 その作業着の内側で、なにか燻製でも作っているのかと疑うようだ。 さすがに、となりで立ち読みする気にはなれなかった。 よく見ると、その男のまわりに人はいなく、 数分前から、人が避けていたのではないかと思う。 読みたい! その感情はおさえきれない。毎週読んでいる「週プロ」なのだ。 しかし、この男の半径1m以内にいれば、 嫌でも臭いをまとった空気も吸わねばならない。 すこし離れてこの男のうしろ姿を見ていると、臭いがオーラのように見えるのだ。 読みたいのに読めないこのいらだち。 新日本プロレスの棚橋選手の活躍が知りたい。 仮に、隣で読んだとしても、 私がその臭いの主だと勘違いされても困る。 私は後ろの雑誌コーナーからうらめしく見ていた。 ・・・憎い。 考えてもみなかった殺意すら、ほんの少しだが感じた。 確かに、私もその雑誌を買わずに立ち読みするお調子者だが、 それでも私には「週刊プロレス」への愛があるのだ! と、心で訴えた。 残念だが、その思いはこの男には通じなかった。20分以上その場を動かなかった。 私なら愛のある立ち読みができるのに・・・ ライターがあれば、この男に火をつけてやりたい。 体臭のガスで、かんたんに引火するのではないかと思った。
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